本多 喜悦の日記

経営コンサルタントです。中小企業診断士、ISO9001主任審査員、ISO14001主任審査員の資格を持っています。日常の行動、考えること、感じたことについて書いています。
蓬莱橋を渡りました。

先日、静岡県島田市に行ってきました。

昔習った東海道53次の宿場町です。

ところが、なかなか昔の雰囲気はありません。

ホテルのフロントから、蓬莱橋があるから行ってみたらとのこと。

自転車を借りて行ったらびっくり。

昔、「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」とも習いました。

そしたら、ギネスで認定された世界一長い木橋とのこと。

5時を過ぎていたので、番屋も閉まっていて100円を入れて自転車で渡り始めました。

欄干が低く、渡る風も強く、橋板は木なのでギーギーと音がするしで

久しぶりに怖い思いをしました。

 

これは色んな地域に行った時の思わぬプチ体験。

片道897.4メートルを往復しました。

| 本多ビジネスコンサルティング | - | 21:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
35年ぶりの倉敷へ

35年ぶりに倉敷を散策しました。

大原美術館とその周辺ですが、何とも初めての印象でした。

美観地区はまさにテーマパークです。

これからの観光はこのぐらいのおもてなしでないと

観光とは言えないと思いました。

 

大原美術館はやはり一級品です。

コレクションや展示、楽しませ方は洗練されています。

外国人も沢山いました。

美観地区も楽しい時間と空間です。

近くの加計美術館は企画準備中でショップのみを見学しました。

ちょっと立ち寄った倉敷でしたが3時間があっという間に過ぎました。

以上

| 本多ビジネスコンサルティング | 出張風景 | 16:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
新幹線と飛行機の選択

伊丹空港から羽田、庄内を乗り継ぐとき、いつも思うことがあります。

 

伊丹発羽田行にはいつも多くの人がのります。B777ですから相当な人が乗れます。

乗り継ぎ以外の人は何で東京まで飛行機なのかが不思議なのです。

新幹線で2時間40分

飛行機で乗っている時間約1時間、大阪都心から伊丹まで30分、羽田から都心まで20分として

合計約2時間。新幹線は飛び乗ることができますが、飛行機はできませんので30分前とすると

総合計時間ほぼ同じです。

 

にもかかわらず、飛行機なのかと思います。

 

いろいろ考えると、同じ車両に3時間近く拘束されるより細切れの方が、気分転換にも

なるのかもしれません。

 

大阪―東京間は新幹線も飛行機も多くの人が行き交い、まさ当地とは違う国ではないかと

今回も思いました。

 

| 本多ビジネスコンサルティング | - | 17:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
法隆寺にて

先日、法隆寺に行ってきました。

前から、気になっていて3時間ほどの時間あったので

大阪から足を伸ばしました。

 

5重塔、夢殿が有名ですが、その周辺全体がテーマパークのような印象で

もう少し時間があればと思った次第です。

 

印象的だったのは、”敢儡儔擦鉢玉虫逗子です。

,砲弔い

何と言っても9頭身ぐらいのスレンダーな体系で、美人というかイケメンというか

まさに人気が出そうな雰囲気を持っています。

最近いろんな仏像を見ると、一つとして同じものはなく

創造的作業の賜物と最近は思います。

日光菩薩、月光菩薩など作者の想いが伝わってきます。

因みに私は後者が好きです。

△砲弔い

これも歴史の教科書に載っていたものです。

特に、捨身飼虎図の説明を聞いたときは、まさにSF的というか想像力というか、驚きです。

創造的作業の成果物です。

 

一方、私は創造的作業を行っているのだろうかと考えました。

 

高野山、比叡山、伊勢神宮など昔の信仰のエリアは人々のテーマパークであったのではないかと

思います。

| 本多ビジネスコンサルティング | 出張風景 | 17:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
安岡 正篤記念館を訪ねて

先日、安岡 正篤記念館に行ってきました。

東武東上線の武蔵嵐山駅から徒歩約20分ほど。

これまで、色んな方から安岡 先生の話が出ることがあって

いわゆる耳学問での世界でしたが、近くまで行ったので訪れました。

 

私ではまだ整理できていませんが、宗教家でもなく、思想家でもなく

リーダー層への現実的意思決定支援者というような印象を持ちました。

また、一方では日本農士学校の創設からすると若者への教育者と位置づけもあります。

 

中国の古典や思想家から学び、それを踏まえて自分の考えを膨らませたようです。

初めて知ったことを3つ紹介します。

“爐蓮⊂赦贈隠魁14年ごろ世界の政情が不安定なので、自分で庶民の生活や考え方を見に行きたいとの

ことで、世界1周をしたこと。

⊂赦20年に入ると、米軍は戦争の勝負はついたが、日本本土の決戦は避けたいと考えていた。

そのためには、終戦に賛意を持っていていて昭和天皇に直接話ができて影響力を持っている人物のリストとして7人を挙げていたという。そのトップの人物が彼であったということが、米国の公文書館から出てきたという。

昭和20年8月15日の終戦の詔勅を発表前に校正した人物であるという。

 

特に彼はリーダー層への影響力が大きかったと思う。それは政治家、経営者であり、彼らは色んな場面で社会的に影響力のある意思決定をしなければならない。その決定のプロセスは一様ではないが、望ましい結果から逆にたどると、現在はこの決定をしなければならないと、過去の歴史や古典や先人から学んだことに加えて自分の知見も加えて、リーダーを支援したのではないかと思われる。

 

なので、今でもリーダー層から支持されていると思われました。

| 本多ビジネスコンサルティング | 出張風景 | 16:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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